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15歳
中学2年生のときに、学校の外国語の授業で日本語を学びました -
24歳
中国の大学を卒業し、国営の大手靴メーカーに就職。営業部にて受注・生産管理の仕事につきました。 -
26歳
取引先の日本人に、「日本に住んで日本語を学べば、将来仕事のチャンスが増える」と助言されました
母親のうらないで「あなたの進むべき方向は東だ」と言われ、日本行きのためのお金を集めました -
27歳
中国の会社を退職し、東京の日本語学校に留学しました。
日本のイメージが大きく変わり、「日本で働きたい」と思いはじめました。 -
29歳
名古屋の機械メーカーで働く中国の友人から「うちで働かないか?」と誘われ、入社
日本本社で働き、購買・生産管理部門を拡大させた後、中国の子会社に駐在し購買部門を立上げました -
42歳
東京で仕事がしたいと思い、仕事を辞めて、東京の会社に転職しました。
旅行でもいいので一度東京に来て働くイメージをつかんでみて下さい
少しでも東京に興味を持ったら、想像するだけではなく、自分の目で見て体験することが一番大事です。色んなところに行かないと違いは気づきません。昔は横断歩道がない道を平気で渡っていましたが、日本に3年住んで、それがいかに人に迷惑をかけていたかに気づきました。私は日本に来るまで、日本に対してあまり良いイメージがなかったのですが、東京に来て日本の良さを理解するのに長い時間はかからなかったです。旅行でもいいので、一度東京に来て働くイメージをつかんでみてください。
会社の生産・販売をサポートする重要な仕事です
会社が必要な製品や部品を購入する購買部門で働いています。会社が生産・販売するためのサポートをする役割なので、安くて品質が良いものを必要な時に必要なだけ仕入れることが大事だと思っています。当社が発注するものは自社で図面を出してメーカーに作ってもらうなど、複雑で細かく、難しい仕事になることもあります。安定的に仕入れ・生産ができるよう、個人プレイではなくチームで働くことを意識したり、インフラ整備に対する改善アイデアを毎週1件は提案するようにしています。
東京はいろんな考えの人を受入れてくれる。自由でオープンな雰囲気がある街
東京には色々な国や地域から人が来ているから、外国人だけではなく、色々な日本人の考えに触れることができます。東京にいる人は、考えが人と違うことや外国人に慣れている人が多い。例えば、まわりの人に中国での仕事や考え方の話をすると、名古屋にいた時は「え、そうなの?!」と驚かれたりしてましたが、東京では全く驚かれません。東京はいろんな考えの人を受入れてくれるという雰囲気があると思います。差別しないように気を遣いすぎると逆にそれが出てしまうってことありますよね。私は外国人だからといって特別扱いされたこともなく、一人の購買担当として見てもらっていると感じます。また、日本人は自分の考えをオープンにしないと言う人もいますが、東京の人は比較的オープンにしてくれるので、その人がどんな考えをしているかわかるから、仲良くなりやすいです。人の考え方がその街を作るのではないかなと思うので、他人を受入れ、自分もオープンにすることができる東京が私は好きです。
日本に住んで日本語を学べば、将来仕事のチャンスが増える
私の家は、お父さんが中学生の時に亡くなり、5人兄弟ですごい貧乏でした。初任給100元(約8,000円)いかないくらいの時代に母が親戚からたった15元(約1200円)を借りてきて市場でキムチ売りから始め、事業を拡大させて5人全員を大学に入れてくれました。大学卒業後、国営の大手企業に入社し、海外営業担当として働いていました。当時日本で流行っていた厚底ブーツの生産のために日本との取引が拡大していました。私は中学から大学まで日本語の授業を受けていたので、基礎は理解していたものの、仕事で十分に使えるレベルではありませんでした。日本企業への対応に困っていると、お客様として来ていた日本人の年配の商社マンが「日本と中国の取引きはこれから成長するから、日本に住んで日本語を学べば、将来仕事のチャンスが増える。」とアドバイスしてくれました。しかし、日本に行くためにはお金が必要だし、せっかく国営企業に入社したので母親に言い出せないでいると、突然母からうらないで「東の方向が良い」という結果が出たと言われ、日本に行くことを相談できました。日本語学校に入り、1ヵ月半くらいでどんどん日本語がわかるようになりました。その頃、中国人の友人が名古屋の会社を紹介してくれ、就職しました。その会社で13年間働き、そのうち約2年間は中国にも駐在し、会社が大きくなっていくことを実感しました。中国駐在から帰国し、日本で働くことになった時、東京への憧れもあり、東京に住んで働きたいと思い、会社を辞めて東京に引っ越しました。人材紹介会社に登録し、今の会社を紹介されました。会社の規模は大きくありませんが、これから海外に大きく事業を拡大させようとしていて、会社と一緒に自分が成長できると思い入社を決めました。
東京ではやりたいことができる方法や場所が必ずみつかる
東京にはじめて来て、自分の、日本や東京に対するイメージが大きく変わりました。サービスレベルが高く、街がきれいでどこに行って遊んでも楽しいです。また、人の優しさにもたくさん出会います。それは住んでみないとわからないことです。例えば、街を急いで歩いていて、うっかり人の足を踏んでしまったときに、踏まれた人から(僕の邪魔になったことを)謝られたことや、日本語がわからなくて道に迷ったときに面倒がらずに親切に行きたい場所に連れて行ってくれたこともありました。東京はいろんな意味でチャンスが多く、自分がやりたいことを思いついたら、必ずできる方法や場所が見つかります。私は趣味で週3日間フットサルをしていますが、インターネットで調べて簡単にあるチームに入ることができました。 大変なことは物価が高いことです。家賃が名古屋では月4万円でしたが、今は7万円です。東京で楽しく暮らすためには、何にどれくらいのお金を使うのか、生活の計画性が大事だと思います。
企業インタビュー
技術部部長 渡辺 公彦
世界で通用する製品を東京で開発するため、ネゴシエーターとして活躍してくれることを期待してます
当社の製品はカタログ販売が難しく、説明が必要な特別な製品です。今後、さらなる成長を求め海外進出していくには相手国の言語が理解できない、相手国のビジネス習慣がわからないということでは成功は難しいため、日本語ができる相手国の人材をネゴシエーターに採用したいと考えています。
または、当社は世界で通用する、グローバルスタンダードの開発を日本で行うことを目指しており、そのためには、海外現地スタッフとのコミュニケーションが重要になると考えております。現地スタッフに製品情報を伝えることだけではなく、現地の情報を得る重要な役割を果たし、活躍してくれる事を期待しております。
金さんと一緒に働き始めて、言葉の重要性を感じるようになりました。雰囲気だけで理解し合ったと感じていると大変な事になると実感し、日本人スタッフもわかりやすく丁寧に説明したり、メモで表現して、正確な理解を互いに得ようという雰囲気になってきたと思います。そういう意味では相手を理解する、相手に伝えるためのコミュニケーションツールとして語学の重要性を感じるようになりました。
これが、1人の担当者だけではなく会社全体へ波及する事で、やがて会社の業績へと影響してゆくものと思います。これから東京で働きたいと思っている外国人の方には、東京には異国文化を理解する日本人もたくさんいますので、生活、仕事の面で、互いに理解し合い、仲間として同じ幸せに向けて協力しあえることを期待しています。